17.捕獲 少し緩んだ腕の中、百の瞳を真っ直ぐに見つめた。 恐れないように。 逃れないように。 心臓が早鐘を打っているけど、破裂しそうだけど。 でも、今伝えたいのだ。 百の綺麗な瞳は、急かすように、探るように私を見ている。 真っ黒な神様の瞳。 すっと息を吸い込んで、床に置いた手に力が入る。 「あのねっ…私、百のことが、好きなの…」 言った後、恥ずかしさでぎゅっと目を瞑ってしまう。 言ってしまった、という焦りのような、満足のような。 何とも言えないむず痒さを持て余して、私は肩の力が一気に抜けてしまう。 それに合わせて視線が外されるが、尚も百が間近で私を見下ろしているのが分った。 ドキドキと、僅かに弛緩した身体の中で、心臓が勢いよく血液を送り出す。 まるで全力疾走をした後のように、気分が高揚しているのが分った。 もう、どうにも出来ない。 この想いを。 最初みたいに抑えることなんて、多分永久に無理だろうと思った。 「…誠か?それは誠の心なのか、竜胆」 問いかけにも顔をあげられず、黙ったまま頷いた。 綺麗な低い声が鼓膜を震わせて、あんまりにも熱い。 「竜胆…俺がお前を、連れて行くと言ってもか?」 『連れて行く』。 真貴さんや百から幾度か聞いたような気がするが…。 答えに困っていると、百がそれを察したように噛み砕く。 「お前を連れて、もう二度と俺から離れさせぬ。俺は神だ。そしてお前は人間。相容れぬ。 俺はお前の魂を奪うほか、手元に置く方法を知らぬ」 すらすらと言葉は流れてくるが、その内容は私を驚かせるものだった。 確か真貴さんもそんなことを言っていたような気がした。 …でも、それってつまり… 「…百に連れてってもらったら、私は、死んじゃうってこと?」 やっと顔をあげて百を見てみれば、いつも以上に真剣な顔をした百が居た。 百と死を取るか、この世界を取るか。 彼は今私に問いかけているのだ。 こんなにあんまりな質問を、あんなに綺麗な神様の瞳で。 「そうだ。お前の親とも友人とも、もう二度と会わせられぬ。それでも俺を選ぶか」 問いかける。いつもみたいに、全く躊躇わないで。 真っ直ぐに、あの不思議な色で。 そして私は…決断しなきゃいけないんだろう。 じっとり汗をかいた、握り締める手に力を込めた。 決意なんかするまでもない。選択など…する必要は無い。 私は俯こうとする頭を必死に百に向けて、緊張して僅かに震えるこの手を伸ばす。 血の気の無い白い手が、私の緊張を示していた。 戸外で少し風が吹いたのか、百の背後で蝋燭がゆらりと揺らぐ。 風を受けた戸も幽かに音を立てていた。 頬に触れた百の肌は、冷たい。 死のない世界に生きる神様。 私は… 「私はね、百…」 辺りがやけに静まり返っているような感覚。 心臓の音が耳元で聞こえているみたいだった。 見下ろす百の瞳をもう一度見て、確認する。 大丈夫。私はやっていける。 決意を固めて… 私はゆっくりと百の薄く綺麗な紅い唇に、ほんの一瞬、唇を重ねた。 それはほんの一瞬のことだったけれど…。 体温を感じない百の唇が、凄く柔らかくて。 一気に離れた後、恐らく真っ赤になっているだろう顔で百を見れば、彼が… とても珍しく、呆然としている。 こんな表情初めて見た…なんて暢気に思いながらも、 私も見つめてくる彼と、自分がしてしまったことの恥ずかしさのあまり、 穴があれば入りたい心境になる。 「…その、私はね。今までみたいに遊んでたいし…2人で、まだまだ色んな所に、行ったりしたいの。 それにね…私は、百も今の友達も親も皆大好きなの。だから選べないし…」 だからって百が一番、そういう意味じゃ好きなんだけど…。 しどろもどろになって説明する私を、百はまだ呆然と眺めている。 心なしか、さっきよりも驚いた顔になってるよーな気もする。 「だから、そのぉ…百は不満かもしんないけど、なんていうの? 今までの関係の延長線上に来るような…普通の、その…恋人同士に…なって、くれない、かなぁ…」 やっぱこんな我侭は駄目だろうか。 だって百がさっき言ったように、相容れない存在なんだろうし…。 …ん?第一百は、私のことを好きでいてくれてるんだろうか? 一応、その…抱きしめてくれたり。したし、キスもしちゃったけど… ちゃんと聞いてはいけないよね…。 何も言わない百に対し、私は徐々に不安になってくる。 もしかして…神様の新手のサービス?なんて突拍子もないことを思った時だった。 緩んでいた腕が力を取り戻したかのように、気付けば百の腕の中。 突然の展開に着いていけず、私はおろおろと視線を彷徨わせた。 きつく絡めてくる腕がちょっと痛いけど、それよりもドキドキが痛い。 「お前、賢いな」 俺も真貴の要らん言葉など聞かなければ、まだ冴えていたものを。 …この状況でもこの神様は、いつもみたいにぶつぶつ呟く。 後になって思えば、百も私と同様に真貴さんに別れろとせっつかれていたわけだから、 理性まで失いかけたわけだし、切羽詰って魂奪うか永久に別れるか、 みたいな切り詰めた選択肢しか考えられなかったってことなんだろう。 が、私は混乱と焦りの頂点にあったから、勿論そんなのは思いもしなかったんだけどね…。 そして何より、 「ね、ねぇ…その、百は…百は私を…その、」 どう思ってるの、と言い掛けて、それはもごもごと消えてしまう。 …この状況じゃ恥ずかしいし、何より…不安で。 まさか、なんて言われたら、今までのは一体何だったんだってことになってしまう。 …多分私は山に籠もってロクロ回し始めるくらい凹むだろう。 百はその空気を察しているのかいないのか…私の丁度目の前で、 考え込むように優雅に髪を耳に掛けている。 「お前は知っているか?神の世界でも、好きだと最初に言った奴の負けなんだぜ」 …はぁ? 思わずまじまじと彼を見つめていれば、当然だろう、と肩を竦めて見せる。 「最初からお前のことは気に入っていたさ。 いいだろう。お前の望む形に、答えてやろうではないか。この神の、百様がな」 ********** …最初は。そう。最初は。 ああ百もフツーの恋人みたいになってくれるんだーもーやだー照れるー照れるー。 なんてことを思ってたわけなんだが。 わけなんだが!! 一体これはどうしたことか?! 一体ナニが?!ナニが起きたの?!いや『ナニ』ではないけども!! 朝の光差し込む、二学期の始まり…。 ざわつく教室の、初秋を感じる窓辺…。 私は、何かとてつもない予感を、いや実感…?を、感じている。 恐る恐る隣を見れば… 「おい竜胆、お前もいい加減そんな変な顔をするのはやめたらどうなのだ」 私は引越ししてきた都合で、隣の席には誰も居なかった。 そう…誰も。 が、今此処に居る、この御方はダレ? 新しいクラスメート?ああそうだったんだ…。ふーん…。 「全く、先が思いやられるな…俺とて暇なわけではないというのに」 …。 「…じゃあ、じゃあ何でアンタが学校に居るのよ?!しかも何よその制服!! おま、おまおま、お前なんてなぁ!!メイド服着てりゃいーんだよ!!」 滅茶苦茶なことを喚いていると、前に座っていた可愛らしい女の子が振り返って、 にこりと私に笑いかけてくれた。 初めてのことなので、思わず毒気を殺がれて、なんとなく笑い返してみる。 …勿論、ゼイゼイ言ってるけど。やばいな。これじゃ変態だ…。 「立神(たてがみ)君と竜胆ちゃん、本当に仲良しなんだね。やっぱり幼馴染って違うよねー」 ほら、なんていうか。小さい頃から一緒だったから、普通の友達よりも近く感じるっていうかね。 私もそうなんだあ。 ちょっと照れたように彼女は笑っているが…お、お、幼馴染ぃ?! ぎろりと百を睨むが、奴はそんなもの何処吹く風、といった態度。 …何かしやがったことは確かだ…間違いない…全てこいつの所為だ…!!! 大体が今日の朝。 私が学校に着いた途端、今まで話したことすらなかった女の子が、話しかけてきた時点でおかしかったのだ。 学校には…正直あまり行きたくなかった。 まだ泉君と天海先輩くらいしか友達出来てないし。 …まぁ、とりあえず泉君とは同じクラスだから、いいんだけど。 話を戻して、そう。今日の朝突然…同じクラスだという女の子に話しかけられた。 しかも内容がさっぱり分らないもので…いや、分りたくないもので… 『ねぇねぇ、佐野さんって今日からこのクラスの転校生と幼馴染って本当?』 勿論そんな奴は知らない。 だから正直に分らないと伝えてみても、彼女はちょっと驚いたようにしていたが… また直ぐにうふふ、と笑う。 何だかそれに含むものを感じていると、 『嘘だ〜。だって、転校生本人が幼馴染の佐野さんと付き合ってるって、言ったんだよ?』 此処まできたら、何だかただごとではない予感がした。 『え…ねぇ、その人の名前って分る?』 『うーんとねぇ…確か、立神君、立神百…だったかなぁ。それより、やっぱそうなんでしょ? 羨ましいなーv私もあんなストイックな彼氏が欲しいなぁ。 あ、でも大丈夫v私、人様のものには興味ないからv 私はやっぱり、ワイルドなのが好きだけどね。それで凄く頼りがいがあって…』 その後も彼女の熱いトークライブは続いていたが… 私は、それどころじゃ御座いません。 立神、立神君ね。へーぇ。随分偉そうな名前なんだね。 しかも下の名前が百か。凄いね。 …凄いねー。どっかで聞いたような気もするけどねー…。 何て思っていたら!! 奴はのうのうと先生に紹介されて、この教室に入ってきたではないか!! 頭が真っ白になって風化しそうな程驚く私にはお構い無しに隣に陣取り、 更には『佐野さんと付き合ってるって本当?』なんて聞かれたもんなら 『まぁな』 の一言で終わらせる始末!!!! あああああああ!!! うおああああああああああ!!!!!(大混乱) 私はもっとこう、秘密vでプラトニックvな感じを目指そうと思っていたのに!!! 何で学校まで乗り込んできた挙句、幼馴染且つ恋人vなんだぁ!!! 寒いうえにえらく恥ずかしいじゃないか!! 思わず皆にばらしたくなってしまう。 『この人実は神様なんDEATH!空飛ぶんDEATH!!本当DEATH!!信じて下さい!!』 内心大絶叫する私に構わず、短くしている黒髪の隙間から、にやりと狐の瞳が覗いている。 「些か無理をしてみたが…」 含みのある瞳は、確実に何かやらかしてくれちゃったことを示している。 きっとアレだ。マインドコントロール。 この辺一帯の人間のマインドコントロールをしたんだ、絶対。 「楽しくなりそうだ…そう思わぬか」 ざわつく教室の中、悔しいことに私の耳はばっちりその美声だけを聞いていて。 そういうことじゃなくて!!とか何とか言い返そうとしてみたものの… 結局、楽しくなりそうな予感は感じていて。 曖昧に頷く。 「素直ではないな。嬉しいのだろう?もっと喜べ」 …なんて高慢な。 「…そりゃあ、嬉しくないことは、無い、んだけど…」 「歯切れが悪いぞ」 「五月蝿いなぁ…う、嬉しいに決まってるでしょ!」 やけになって言えば、彼の目元が緩やかに細くなった。 綺麗な流れるような動き。 それだけで全てを物語ってる気がして…何だか私は居心地が悪くて、もじもじとうつむく。 「…お前を『人並み』に手に入れたくて」 唐突に、言う。 あんまりな表現に顔をあげれば、さっきのままに私を見つめる瞳とぶつかる。 「俺がこうして人間に成り下がってみたのだ。どうだ、嬉しいか?」 まるで自分を卑下するような言い方の中、彼は何処か晴れやかに見える。 神様が自分を低く見ることってあるのねぇ。 …にしたって、こいつこそ素直じゃない。 「…うん。有難う、百」 多分顔は真っ赤で酷く無様なんだろうけど、百は夏の終わりを告げる風に髪を任せながら、 いつものようにゆっくりと頷いた。 「当然だ」 終わり あとがき …やっと。やっと完結だぁ。 初めて書いた恋愛小説でした。 楽しんで此処まで読んで下さったのなら、本当に良かった。 が、どうにも勝手が分らず、何だかんだでグダグダな話に(笑) プロットもかなり甘かったし、ちょうちょく手直しするかもです。 続編も、私自身が書こうと思っていたら…そしてもしも要望があったら、 書こうかなと思ってます。 心理描写の難しさにヒィヒィ言いながら書いてました。 難しい。定石どおりの考え方を描こうとする時点で無理が起きてしまった。 しかも竜胆の初期設定が 『突っ込みの鋭い、ツンデレな感じの変わった娘』 だったのに。いつの間にか 『下ネタ大好きな美少年好き、尚且つ怒りっぽい。若干変態のケがある娘』 になってしまった(笑) 百も百で、本来はもっと大人しくて時々暴走する神様の予定だったのに、 これじゃただの物好きだなァ(笑) まぁ。とにかく計画倒れは随所にありましたが…私としては凄く気に入ってます。 そもそも恋愛小説を書こうと思ったきっかけが、 世間に溢れてるありえない位夢見がちな恋愛小説が嫌だなぁと思ったことからでした。 もっとはちゃめちゃで、もっとぶっ壊し賛歌で、主人公もかなり変な奴にしたいし、 相手も神様なんだけどふざけた野郎にしたいと。 偽善的で稚拙で人間的に馬鹿な主人公に、 ロマンチスト過ぎるうえヒロインに都合よすぎる相手ってのは、 もうお腹一杯だから描きたくないなぁと思っていたが、結局大差ない。 何にせよ、此処まで続けてきたことに意味があるのだと思います。 此処までお付き合い頂いて、有難う御座いました。 途中まで読んで下さった方も、この作品が好きな方も、嫌いな方も。 有難う御座いました。 2006,12.13 駁 |