私はそれまで極普通に生きてきた。
勿論、これから先だってそうなるだろう…
…と思っていた。
あの人(?)が、現れるまでは…。
1・奇人現る。
校門から出てきた私は、一つ安堵の息を吐く。
長らく続いたテストも終わり、漸く得られた開放感に、
今にも羽が生えてきて飛びたてそうな気分だった。
有難いことに空も快晴。
本格的な夏の到来を表すように、山の緑に大きな入道雲が影をつくっていた。
熱い日差しに、爽やかな風が吹きぬける。この瞬間が堪らなく私は好きで。
そして…辺りには休みの予定を話し合う生徒の姿もちらほら見える。
けれど私はその中には入らず、少し複雑な気分でそれを眺めた。
先程までの開放感が少し鈍るような気がした。
実は私、佐野竜胆は此処の学校に転校してきたばかり。
私の生まれ育った場所から、突然この山奥の学校に来たのは…丁度一ヶ月前。
父の仕事の関係で来てみたはいいものの…
どうにも私は、人見知りという物をしてしまうらしく。
なかなかクラスに馴染めず…もともとそんなに明るいタイプとは言えないし、
自分から積極的に話しかけるということもしなかった。
…だからなんだろうけど、あまり話しかけられることもなく、
休みに入ってしまおうとしている。
(まぁ…来学期に友達作れば、いっか)
私は基本的にあまり頭で考えることをしない、楽観的な人間だ。
そう思い直して、私は最近漸く慣れてきた帰途を辿るべく、少し軽やかに歩を進めた。
学校から少し離れると、もう既に山道。
生い茂る緑と蝉の鳴き声ばかりの、いかにも田舎の風景。
しかもこの近辺の山は狐だか天狗だかの神様が護ってくれているらしく、
やたらと祠というものが在る。
舗装されていない道路の隅に、山道の片隅に、結構な数があるのではないかと思う。
今度数えてみようか、などと下らないことを考えながら、私は葉の影から差し込む太陽を見上げた。
緑は嫌いじゃない。寧ろ好きなくらいだ。
以前住んでいた場所には、こんなに沢山の緑はなかったし、
こんな暑さも経験しなかったからだろうか、全てが目新しく見える。
下手な都会より面白いかも。と。私は結構この場所が気に入っていた。
そして上げていた視線をふと元に戻すと…
思わず私の足が止まる
「……あれ?」
目の前に見えていたのは、緑がなだれ込みそうな、山沿いのいい加減に舗装された道。
…だったはず。なのに。
其処には先までは居なかったものが、居た。
お面…そう、まるで、能のお面と、天狗のお面を一緒につけてるみたいな、
今時流行らない格好をした、変な人が。
「…んー?」
あんまりにも熱いから、目がおかしくなっちゃったのかな??
と、もう一度目をこする…が。
まだ、居る。
「……えーと」
こういう場合、どうするべきだろうか。
でも居るもんは居るし、どうしようもないよなぁ…。
あ。そういえば母さんが、
この辺の人は皆家族みたいなコミュニティになってるって言ってたっけ…。
そうそう。確か道ですれ違う人には、必ず挨拶しなきゃいけないんだよね。
うん。と納得して、また足を進める。
多分アレだろう。この辺のお祭りか何かの人だろう。
何か奉ってあるらしいし。と。私はかなり適当なことを考えながら、
その人のお面の目(であろう場所)を見ながら、ぺこりと会釈した。
「こんにちわー」
が、相手は動かない。
無愛想な奴だねこりゃ、と私は内心毒づきながら横をすり抜けようとして…
「悪いが、道を尋ねたい」
声が私を呼び止めた。
振り返ると…相手はお面を外さないまま、じっとこちらを見ていた。
どうやら男の人らしい。酷く不思議な響きだが、辛うじて男の人だと解った。
それにしても…道を尋ねたいってアンタ、私も此処に来たばっかりだよ。
「…あの、すみません。私もここに来たばかりなんです。
だからお答えできるか解りませんけど…どちらに行かれたいんですか?」
口先だけは丁寧に。だってコンビニとかなら教えられるし。
そう、こんな田舎にもコンビにはたった一つ存在するのだ。
凄い。全国展開のチェーン店て凄い。ビバ老村。
でもお祭りに参加しちゃうような地元の人なら、知っててもいいはずなのになぁ…
と私が色々想像してると
「ああ、そうか…お前が一月前に来た住人だったか。
ならばお前の家の近くだ。送って行け」
???
なーに言ってんだこの兄ちゃん。(よく聞いてると、声は若い)とは流石に言えないけど、
私は内心疑問符で一杯だ。
確かに私は一月前此処に来た住人だけども…こんな派手な人物に会ったことはない。
しかもその人は家の近くに用があるみたいだし……話し方はやたら変だし。
こんな人なら一度会ったら忘れられないはずだが…。
「…一緒に行くのが嫌なら付いて行くが」
じれったそうに言うが…じれったい(というか混乱してる)のはこっちだ。
まるで意味が解らない。
しかも。ついてくって。尾行の承認でもしろと言っているのか。
「は…?え…??いえ、嫌じゃないですけど…家に行けばいいんですね?」
「そうだ」
「じゃ、じゃあ…一緒に、行きましょうか」
戸惑いがちの私とは逆に、相手はもうしっかり私の横で頷いている。
そしてこの、不思議な帰り道から全ては始まると、この時は思いもしなかった…。
話せば話すほど、変な人だった。
例えば
「あの…この辺の方、なんですよね…?」
そうではない方がおかしい。
私の中では既に、お祭りに参加しきれてない変な人、
というイメージが定着してしまっていた。
「まぁ。この辺のモノだな。皆が私を知っているだろう」
有名人…いつもこんな格好してるのかな。
それならこの辺で知らない人なんていないだろうし…とまた、
一層この人の奇人度のメモリをあげる。
「へぇ…じゃあ有名人ですね」
まぁそうかもしれんな。と鼻で笑うように呟いた後…
(会話が終わってしまったよ…どうする竜胆…)
一人冷や汗をかきながら、私は早く家に着かないかな、と前方を見据える。
けれど永遠に続きそうな緑の道は、未だ続く…。
この人は実に変な喋り方をする。偉そう、と言えばいいのか。古風というのか。
きっとこの辺では有名な奇人なのだろう。
そんな奇人と一緒に帰ってる所を見られたら、
私もその日から奇人だ…まぁ奇人も悪くは無いかなぁ…と、
ごちゃごちゃそんなことを考えていると
「そうだ…お前の名は?」
ああそういえば、と私も彼に首だけを向けた。
私よりも頭一つとちょっとくらい背の大きい彼を見るのだから、
正確には見上げた…になるが。
「佐野竜胆です。あの…貴方のお名前は?」
彼は歩いている間ずっと前を見ていたが、そこで彼も私を見下ろす。
「俺は百(ヒャク)だ」
百……百?!じゃ一もいんのかいっ!!と無意味な(内心で)突っ込みをしながら、
ぎこちなく頷いた。
急にファーストネームかよっ!!という突っ込みも、勿論忘れない。
「百…さん。いいお名前ですね」
「そうか?」
からかうような響きの声音に、私は大きく頷いた。
実際、それは思った。
私は面白いことが好きだ。そして美しいものも、格好いいものも。
百なんて名前は、面白いし格好いい。少し羨ましいと思いながら、自然と微笑む。
「いいですよ。だって百ですよ?格好いいじゃないですか」
「ふぅん」
納得したのかしていないのか…
いや、ただ単に面白がっているような声音で、百が頷いた。
そして…そうこうしているうちに、我が家の赤い屋根が見えてきた。
「あ、百さん、其処ですよ。この辺に何かご用があるんでしたよね?」
そうして私が隣の百を見上げると…
其処には、誰も、何も無かった。
まるで元から其処には無かったかのように。忽然と。
「…あれ…百さん?」
私の声に応えるように大きな風が吹いて、木々の葉をざわざわと揺らした。
きょろきょろと辺りを見回しても、誰もいない。
あるのは木漏れ日と、そして…静寂。
*********
あれは夢だったのだろうか?
私はその日の夜、何となく眠れずに、ベッドに横たわったまま天井を見上げていた。
だが確かにあの人は居たし…もしや高速で逃げたのか?!それにしちゃ音は聞こえなかった。
…もしや加●装置?!マジかよ、実在すんのかサイヴォーグ…。
と、私の十八番、無意味で的外れな思考を巡らす。
けれど結局、私のお粗末な頭では何の答えも弾き出せず、いつかとろとろと眠気が襲い始める。
開け放した部屋の窓は暗く、
外は相変わらずぬるい風を部屋に送り込み、ゆらゆらとカーテンを揺らす。
こんな田舎では強盗も空き巣も来ない。
だから窓を開け放したまま寝るようになったのだ。
そして私は、このまどろみの中でほんのりと風を感じる、この瞬間も大好き。
…そしてそのまま。
その風を送り込む窓に、ひょっこりと手を掛けて部屋を覗き込む影があることなど気付かないまま、
私は暢気にヨダレを垂らして眠ってしまった。
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